27歳のどっこいしょブログ

会社員。27歳。国際結婚。長野県。読書感想や思ったことを記録していきます。

【感想】佐藤正志先生最終講義『政治理論史の課題と方法』を聴いて

昨日行われた佐藤正志先生の最終講義『政治理論史の課題と方法ーホッブズの政治哲学を軸としてー』の感想を書きます。

 

4年前佐藤先生のゼミ生として、不真面目な生徒でありましたが、お世話になりました。その佐藤先生の最終講義としてどんな内容を語られるか、また社会人となって政治思想から離れた今どう感じるか楽しみに聴講させていただきました。

 

■講義内容要旨:ホッブズの社会契約による国家の創出は、プラトンやアリストテレスの時代から考えられていた「人々のなかに自然に存在する政治」という考え方からの近代的パラダイムシフトを起こした。また政治哲学の問題である、ルソーの「人民/群衆」「一般意志/全体意志」の対立的な考えにおいて、二項対立的な議論ではなく、その反復的連続の中で政治が存在しているとまとめた。

 

■感想:

佐藤先生の人生を賭した最終講義のため、90分でまとめるには内容が広範囲になっていました。また講義内容の要旨もわかりづらくなってしまって申し訳ありません。

ここから先は講義詳細と考えたことを記載します。私の理解のまま書き進めるため、いたらないとこもありますが、ご容赦ください。

 

初めに、政治学の歴史的変換について説明がありました。古代ギリシアの政治思想は「Politics」つまり哲学的な要素が強く、人々のなかでどのようにまとまるべきかをプラトンやアリストテレスが提唱していました。しかし近代政治思想では「Political Science」となり、科学的アプローチと形而上学的な知識を融合した、学問としての政治思想が発展していきました。(ボーダン/マキャベリ/ホッブズ/ロック/ルソー等)

その後現代的なパラダイムシフトとして自然権に立脚した近代政治哲学の見直しが行われていった状態です。現代的な政治哲学のアプローチとしてクエンティン・スキナーが文脈主義を提唱します。それは普遍的な政治思想があるわけではなく、その背景にある歴史的な/文脈的な背景も一緒に理解することを提唱し、常に進歩していくことを仮定とした合理的再構成ではなく、時系列的に背景も含め理解する歴史的再構成の必要性を説きました。

 

次に政治と言語の根源的な結びつきについて、ウェーバーとアーレントの対比によって整理されていました。ウェーバーは政治を「権力の分配をめぐる闘争」と認識し、政治のみが物理的暴力を正当的に使用できると述べています。一方アーレントは政治とは言論であると理解し、暴力による強制は前政治的方法とのべています。言論を通じ、人々の協働をおこなうことこそ政治であり、暴力等に支配されるものは政治ではないとしています。

ウェーバーの政治においては、実体的権力に対し、人々は権力を制限し個人自由をまもる消極的自由の考えにつながり、政治への参画の仕方は間接デモクラシーになります。

アーレントの政治は関係的権力に対し、権力へ参加していく積極的自由につながり、直接デモクラシーとして政治参画が行われます。

 

古代の哲学としてプラトンのイデア論(人々のもつ4つの欲)から発生する節制的かつ君主的な政治理論と、アリストテレスの「人間は政治的動物である」ということからうまれる参加型政治学において、とらえかたによってどちらが実践的かは変容します。しかし古代政治哲学として下記2点の共通店がありました。

①共同社会に内在的な政治を擁護している

②全体を見通すことのできる理性を要請している

 

ホッブズはこれまでのポリスにもとづいた政治から国家を中心とした近代政治思想へのパラダイムシフトを起こしました。人間の技術によってはじめて政治(国家)が誕生するという考えによって①の前提を外したのです。

そして論点は主権国家と自由の関係性に移りました。ホッブズにおいては自然状態を「万人の万人による闘争状態」と仮定し、法の沈黙こそ自由の源泉であり、法(リヴァイアサン)によって臣民の自由はいかようにも侵略されうる状況です。

一方ルソーは人間を自由な行為者とみなし、しぜんじょうたいでは自己愛と憐みの情の2つが作用し、他者と協働していく状況を想定しました。しかし理性によって不平等が生じたため、不平等をなくすため、一般意志と呼ばれる共同体に譲り渡す社会契約が必要と述べています。

 

しかしルソーの政治理論において、人民は群衆にもなりえ、また常に正しく導く一般意志ではなく、全体意志(衆愚政治による意思決定)になりうるという問題があります。

その問題に対し、佐藤先生はどちらを正当化するわけではなく、そのはざまで政治活動を行う必要があることを最後に述べておりました。

 

個人的には政治学とは歴史背景なしでは語られえない側面があることと、しかし理想を求め発展していかなくてはならない矛盾で進む面白い学問であることを再認識しました。また社会人になって哲学的なことを考えていなかったため、立ち止まって自分の思考、状況を整理する、非常に有意義な時間となりました。

 

佐藤先生、長い間お疲れさまでした。

最後に政治学の面白さを再度伝えてくれた先生に感謝の意を表し、終わります。

ありがとうございました。